仏像を拝む。

静かに目をとじる。


心の中の思いを捨て去り、
あるがままの純粋な心に戻って真剣に問いかける。

自分の姿はどこにも見えない。

浮かんでくるのは自分の行いである。


あの時は、あれで良かったのか・・・

あの時、ああすれば良かった・・・

あの人は今、どうしているのだろうか・・・


この肉体は年とともに朽ち果てる。

しかし、自分の行いはいつまでも人の心に残る。

そのままの姿となって生き続ける。

私は心は行動で伝わり、人の心に残された私の姿こそ
本当の私自身なのである。


静かに目を開ける。     
仏像の迷いのない顔が私を励ましてくれる。


室戸・金剛頂寺

室戸の町に入る。

新しい港には遠洋マグロの船が停泊している。

かつては、大漁旗の船の出入りでにぎわったこの町も、
何か元気がない。

しかし、そこに住む人の表情は明るい。

堤防に出て話をしている町の人の会話に、
その人々の暖かさを知る。

この町に生き、この町で暮らすことが、
ここの人たちには幸せなことである。

室戸岬まで、あと少しである。


ゆっくりと まき寄る波に 身をゆだね
ゆらりゆられる砂のひとつぶ


室津・津照寺

遂に来た、室戸の岬に。

海がある。キラキラ光る室戸の海が。

太平洋のはるか遠く、
水平線のかなたまで明るい海が広がっている。

いままでの苦しみは、もうどこにもない。

これから起こる人生に向けて、
私に道を教えてくれるような、

そんな室戸の海である。

この海に、これから自分が進んで行く未来を見つける。



弘法大師空海

私は本当の政治家を目指して、前だけを見て行きたい。

本当の苦労はこれからである。

苦しみは成長の種である。
人は苦しみにどれだけ耐えられるかによって、
その人の大きさを図ることができる。

人のために尽くす。

そして、どんなことにも耐えられるような
強い人間になりたい。

夢みたいなことを言うなと人は言うかもしれないが、
私はそのために生まれて来たのだ。

本当に人のために尽くすことのできる政治家を目指して、
ここから私は歩き始める。


青き海 室戸の高波 潮の音
わが行く道の 心にきざみて 
黙々と 磨甎の姿そのままに
人の心を求めて生きる。


室戸岬


最御崎寺

(昭和六十年八月十日〜八月十二日 帰省休暇を利用して)



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